
小松市の歴史は古く、奈良時代には加賀国の国府が置かれました。平安時代には花山法皇が訪れ、「園の小松原」と名付けたことが地名の由来とされています。戦国時代には、一向一揆の拠点として小松城が築かれました。江戸時代に入ると、加賀藩2代藩主の前田利常が隠居城として小松城を整備し、城下町を形成し、いまもその頃の歴史を感じさせる町並みが残っています。
観光地としては金沢が有名ですが、小松は金沢に劣らない町並みをたくさん有しています。
小松まちなかエリア「龍助町」「寺町」「中町」「材木町」
小松市にある8つの町、すなわち大文字町、西町、龍助町、寺町、京町、材木町、中町、八日市町の総称です。これらの町は、毎年5月に行われる「お旅まつり」において、曳山子供歌舞伎を奉納することで知られています。今回はそのうちの4つの町をご紹介します。

小松まちなかエリアの歴史的町並みは小松駅のすぐ前にあります。
レンガ花道通りを抜けると見えてきます。

小松市龍助町
最初に龍助町を訪れてみましょう。
小松市龍助町は、天正13年(1585年)に豊臣秀吉の家臣、加藤嘉明の使者として活躍した和泉屋龍助の功績により、その名が町名として残されました。
江戸時代には北陸街道の宿場町として栄え、絹織物や茣蓙の問屋街として賑わいました。度重なる大火に見舞われましたが、その度に復興し、2階建ての町家が建ち並ぶ独特の景観が形成されました。
現在も、往時の面影を残す町並みが残り、歴史を感じさせる観光スポットとなっています。

<お知らせ>
4月に龍助町を地元の方にご案内いただくツアーを予定しています。詳しくは当サイトで案内いたします。
小松市寺町
小松市寺町は、加賀藩2代藩主の前田利常が小松城の鬼門を鎮護するために、市内にあった多くの寺院を集めたことに由来する歴史ある地域です。
現在も、通り沿いには20を超える寺院が建ち並び、それぞれが美しい庭園や貴重な文化財を所有しています。特に、樹齢360年を超える大イチョウがある本折日吉神社や、加賀藩ゆかりの宝物を多く所蔵する本行寺など、見どころの多い寺院が点在しています。
こまつ町家と呼ばれる古民家も多く残されています。

小松市中町
小松市中町は、江戸時代に北陸街道の宿場町として栄えた歴史ある地域です。加賀藩の城下町として、商業や交通の要衝として発展しました。
明治時代以降も、その歴史的な町並みや文化が受け継がれ、現在も古い町家や商家が残っています。

小松市材木町
小松市材木町にも多くのこまつ町家が残る町並みを見ることができます。

北前船の寄港地として繁栄した「安宅町」
安宅町は、小松駅から車でおよそ10分にある海沿いの町です。


古くから交通の要衝として栄えました。古代には官道である北陸道が通り、中世には安宅関が置かれ、源義経と弁慶の勧進帳の舞台として知られています。江戸時代には、加賀藩の小松城の外港として整備され、北前船の寄港地として繁栄しました。明治時代以降は、鉄道の発達により海運業が衰退しましたが、現在も安宅住吉神社や安宅の関跡などの史跡が残っています。
今も立派な建物が残っており、まち歩きを楽しむことができます。
旧米谷銀行(吉祥庵)国登録有形文化財
北前船で財を成した米谷家が明治24年(1891)に建てた別邸。米谷家は廻船業から銀行業に転換し、明治26年以降、この建物は銀行支店として約100年間利用されました。船主集落建物の外観をとどめ、今に伝えています。(日本遺産より)
古民家・こまつ町家の利活用をすすめています
古き良き町並みが残る小松。しかし、空き家となった町家は、時と共にその魅力を失いつつあります。恒和不動産では、地元不動産業として、これらの町家の価値を再発見し、新たな息吹を吹き込むことを使命と考えます。
町家の歴史的価値を尊重しながら、現代のニーズに合わせた快適な住まいや商業施設の運営など、地域活性化に貢献するよう専門知識と豊富な経験でトータルサポートしています。

今回は「小松の歴史的な町並み」についてご紹介しました。
散歩しながらカメラを片手にゆっくり散策するのもおすすめです。毎年5月に行われる「お旅まつり」では、子供歌舞伎の曳山が町を練り歩き、多くの観光客で賑わいます。
この町が気に入ったら住んでみることも考えてみてはいかがでしょうか。ぜひお気に入りの場所を探してみてください。
小松の魅力をもっと知りたい方はこちら!